FOR YOURSELF & YOUR FUTURE

日々のちょっとしたこと心のお話

つい口にだしてしまう すごいね!の意味とは

こんにちは

雨の大阪から

心理セラピストのkokkoです。

ご無沙汰でした

パタパタと日々はあっという間に過ぎていくものですね

その中でも少しの時間

体も心もゆっくりできたらいいですね

 

先日は思い立って何をしたかといいますと

アカスリに行ってまいりました

コロナ自粛ムードでなかなか行けずにいました

ので、それはそれは、なんとも形容しがたいですが、、、、

すっきりしてまいりました。

 

そんなこんな

体はすっきりですが

 

ここからは

こころのすっきりにつながればいいなあと

 

今日は

「すごいね」と題しまして

 

日々の会話の中で

「すごいね!」

「すご〜い!」

「すごいですね!」

口癖になってませんか?

 

 

相手のがんばってきたプロセスを知っているからこそ、そのがんばりに「やったね」

「がんばってきてよかったね」

そんな言葉がけは嬉しいものですが

 

相手のそこまでのプロセスもあまり知らないのに、ただ結果だけを見聞きして

「すごいね」

 

この一言に含まれる意味

 

今日は人をあげながら、実は人を見下げていることがあります。

そんな自分がいるとしたら

なんかいやな感じしませんか?

その心理について

そういうことがあるのか〜と

ヒントになれば幸いです

 

あなたは、こんな経験有りません?

バリバリ働くあの人をみて

「あの人すごいなあ」

お料理を全部おしゃれに手作りしてる人を見て

「すごいなあ」

素直で勉強もできる子供をみて

「すごいなあ」

起業してテレビに出ている人を見て

「すごいなあ」

年齢を重ねてもいつまでも美しい人を見て

「すごいなあ」

インスタにアップされるものを見ては

「すごいなあ」

 

すごいなあ祭りです

 

何かわさわさ

心は穏やかではありませんね

すごいね!と言いつつ

 

この隠された問題は

すごいね!と言いつつ

心の中には

いいわよね 恵まれてて

 

そこには

すごいね!=賞賛ではなく

すごいね!=私は持ってない

 

そうなんです

私にはない!祭りなんです

 

私は恵まれてない

私はそんな能力もない

私はそんな魅力もない

 

そうなると

何か自分でやってみたいなと思っても

私には無理 失敗して笑われるだけ

笑われるくらいなら、やらない方がいい

 

この人と知り合いになりたいなと思っても

私なんて相手にされない

近づいたら迷惑

拒絶されるて傷つくなら、近づかない方がいい

 

さあさあ

心の中ではどんどん自分劇場が進んでいきます

 

ここには

心のフィルターが関係しています

人は私を嫌い

人は私を認めない

人は私を拒絶する

 

このフィルターがあることで

本当に拒絶された時に感じる恐ろしさを

避けて生きてこれたからです。

 

本当に拒絶された時に感じる恐ろしさ?

 

これは

私たちが幼少期どのように育てられてきたかと

いうことに関係してきます

 

親が養育に興味がなく育児放棄していた

親が親自身の心理問題を抱えていた

親が不仲だった

親が仕事で多忙、親子の関わりが少なかった

家庭が不和で会話がなかった

祖父母の権力が強く親自身も萎縮していた

 

このような家庭で

赤ちゃんはこの世に生まれてくる時

どんなことができると思いますか?

 

自分で生きていく術として何を携えていると

思いますか?

 

声ですね

あーうー

オギャーオギャー

 

声で周りの人に助けを求めます

 

お腹すいたよ

喉乾いたよ

寒いよ あたためて

暑いよ 背中が暑いよ

お尻が気持ち悪いよ

寂しいよ そばにきて

 

そんな時

泣いても泣いても

誰もきてくれないという感覚

 

求めても求めても誰もきてくれない

 

子供は成長の中で

生きていくために術として

人の気を引こうとニコニコすることや

親の機嫌をとろうとしたり

 

なかにはわざと嫌がることをして

大人の気をひこうとしたり

 

どちらにしても

自分はありのままでは生きていけない存在なんだという感覚がプログラミングされてしまうこともあるのです

 

そうなると、その感覚が大人になっても体に残りつづけることがあります

 

このまま

すごいなあ!と人を羨んだり

人が上で自分は下だと自己卑下を続けていく

人生をどう感じますか?

 

私は私なのに

私は、、、、、、

私って一体、、、、

人の人生を羨んでるだけの人生なんて嫌だ

 

そんな気持ちが湧いてくるかもしれません

 

だけど

今まで自分はありのままでは生きてはいられない感覚を持って生きてきた人が

いきなり

私の人生を生きるんだ!となっても

 

私の人生?

私の生きたい道?

私の?

 

行き詰まっても仕方がないと思います

 

自分の欲求を共感してもらう経験を重ねて

あ〜自分の欲求を出していいんだ

あ〜こうやって人に伝わるんだ

あ〜時には欲求が叶えられない時もあるけど

想いは受け取ってもらえるんだ

 

この経験が人が人として生きていく中で

一番大切な愛着と言われるところです

 

幼少期に築くことはできなかった愛着を

まず自分の中に育て直しいくことがまず大切です。

 

欲求を出してもいいんだ

出しても自分の安全は守られるんだ

安心していいんだ

 

これらの感覚をじっくり

体に覚えさせていくためには

 

信頼できる人

信頼できる友達

悲しかった出来事を話してみましょう

あんなこともあったと

 

 

なかなかそこまで話せる人はいないという場合は信頼できる心理セラピストにたよってみるのもいいことです。

 

プログラミングされたものなら

プログラミングし直すことも可能なんです

 

自分の人生を積み上げていくか

今のままの人生を続けていくか

 

私たちは自分で選ぶことができる

それを忘れないでくださいね

 

少しでも

なんとなくでも

心の曇りが晴れたのなら

幸いです

 

また一緒に

お話しできたらと思います。

 

それでは

楽しい週末をお過ごしください